北野勇作氏

ぼくは北野勇作氏の小説が好きだ。安部公房氏や小林泰三氏、森見登美彦氏の小説も好きだが、最も好んで読むのは、やはり北野氏の小説だ。

北野氏の小説は面白い。世界が滅んだあとの世界で、恐らくヒトが生み出したモノたちが、痕跡を辿りながらそれなりに生きていく。世界が滅んだというのは大きな戦争があったからで、登場人物たちは皆、戦争があったことこそ知っているものの、その詳細は殆ど語られないし、彼らもあまり気にしない。気にしないなりに、そして彼らなりに、すべきことに従って生きている。すべきこととはキャラクター各々だが、世界が滅ぶ前の人間が指示した仕事だったり、そうでなかったり。ヒトが滅んでもその痕跡だけは生き続け、彼らがそのために作った機械は稼働し続ける。ぼくのなかで一番しっくりくる例えは、目的地を設定したカーナビに従わず運転すること。いくら最短距離から外れた運転をしていても、カーナビは必ず目的地に着くように導く。それが彼らの使命で、存在意義だからだ。

北野氏の小説は、SFだが、限りなく私小説に近いと思う。恋人、妻、娘と、北野氏の環境が変化するたびに、物語のファクターになる人物も続き柄が変わってくる。ぼくも昔はシナリオを書いたことがあるから、その気持ちは少しでも分かっているつもりだ。結局、引き出しは自分の中にしかない。その引き出しの数や容量は人各々だが、それでも必ず、引き出しから物語は産み出される。その引き出しを大きく成長させることも創作に必要なのかもしれないが、等身大の引き出しから出てくる物語も、また大きな魅力を持つのだ。

今のぼくは引き出しにカギがかかってしまっているが、いつかカギを開けて中身を引っ張り出したいと思う。まあ、そのカギがそもそもどこにあるのかは分からないが、案外近くにあるのかもしれない。探し物というのは、往々にしてそういうことがある。



最後に、ぼくの個人的なオススメ小説を載せておく。これは鬱に効くとか、そんなことは全くないのだが、読み物として非常に楽しめる。興味のある方はぜひ、ご一読いただきたい。


「かめくん」
人間が戦争のために生み出したレプリロイドのかめ、かめくん。遠くで戦争はまだ続いているらしいが、どうにもその輪郭ははっきりしない。このかめくんは、工場でフォークリフトを運転し、図書館に行き、ミワコさんの研究に協力する。そんな、日常を描いた物語。

「かめ探偵K」
探偵でありカメ。カメであり探偵。日光浴とコーヒーが大好きなかめ探偵Kが、様々な謎を解決していく物語。

「人面町四丁目」
あの大きな災害があった日、主人公はとある女性に連れられ、人面町という町に住むことになる。そこは、かつての戦争と関係しているらしいのだが…。

「レイコちゃんと蒲鉾工場」
蒲鉾工場に勤める主人公は、ある日、レイコちゃんという女の子と知り合いになる。蒲鉾といってもただの蒲鉾ではなく、シリコンと基盤を組み合わせた蒲鉾、いわゆる隠語というやつで、戦争のために作られたそれらが一筋縄でいくわけもなく。古い町並みのなかで語られる物語。


非常に残念なことに、氏の小説は絶版になっているものも多く、ぼくもすべてを読んだわけではない(電子書籍として復活しているようだが、ぼくの環境では電子書籍は読みづらい)のだが、以上の作品がイチオシである。とっつきやすいものを選んだつもりだ。特にかめくんは比較的手に入りやすく、読みやすいと思う。

興味のある方は、ぜひご一読いただきたいと思う。